横浜で新たな医療の可能性を追求する男
横浜・みなとみらい。その高層ビル群の隙間に、柔らかな光が差し込む空間をもつ麻の葉クリニックがある。名前の通り、伝統文様の麻の葉が象徴するのは、まっすぐに伸びる生命の力だ。再生医療、美容医療、そして心の健康。これらの要素を静かに融合させた空間の中心に、大井隆照という医師がいる。 彼の診療スタイルは「対話の医療」。患者の目を見て話す。沈黙も大切に。医療という行為を数値でも制度でもなく、人間と人間の“関係”として捉えている。そして、その姿勢はまるで芸術家のように一貫している。患者というキャンバスに、科学という筆で、希望という色を描いていくのが、大井の理念だ。

脳裏に刻み込まれた再生医療のポテンシャル

築地の国立がん研究センター中央病院。大井はそこで医師としてのキャリアをスタートさせた。静岡の総合病院から研修生として入職し、大腸外科や泌尿器科の医師たちと骨盤外科チームを組み、4年間にわたって手術漬けの日々を送る。 やがて彼は静岡がんセンターに移り、約6年間、婦人科腫瘍という専門分野でがん診療に携わった。そして大井の中に、ある変化が生まれつつあった。がん治療という病気になった後の医療だけでなく、病気にならない体を作るという視点への関心である。つまり医療の根幹は、始まりと終わりの間にある「生の時間」をどう支えるかだと気づいたのだ。 やがて彼は産科領域である分娩の分野へと軸足を移す決断をし、2016年、鶴見区に分娩医療に特化したクリニックを開設した。臨床医は目の前にいる患者様に全力を尽くすことが全てである…これが今もなお変わらない大井の哲学だった。そのことば通り、妊婦一人ひとりに真摯に向き合い続け、結果10年間にわたって産科医療を提供し続けることができた。しかし、と大井は言葉を続ける。「夜中の呼び出しは日常茶飯事で、休日も常に携帯電話を持ち歩いていました。結果、さすがに精神的にも体力的にも限界に近い状態になっていました。」 転機は、鶴見のクリニックでの出来事だった。10年以上、デリケートゾーンの痛みに耐えてきた患者。排尿のたびに涙を流し、外出すれば5分おきにトイレへ向かう。従来の保険診療では改善せず、医師としての無力感が胸を締めつけた。「何とかしてほしい、という一言に応えるために、幹細胞を用いた再生医療を試みました。結果は、劇的だった。誇張でも奇跡でもなく、わずか3日で痛みが消えたんです…。そのとき、医療とは制度ではなく、生きる希望を再生する営みのようなものなのだと気づきました。これからの医療はこれまでの保険診療だけでなく、再生医療の力が必要だと確信したんです。」 大井は2施設目となる外来クリニックを開設することを決めた。目的はただ一つ。人間の持つ再生力を、もう一度信じられる場所をつくること。内装はホテルのように上質で、光が壁を滑る。患者が鏡を見るとき、ただの「施術後の顔」ではなく、「生まれ変わった自分」を見られるように。 そして、みなとみらいにて現在の麻の葉クリニックが誕生する。
みなとみらいで広げる戦略
現在、麻の葉クリニックは再生医療と美容医療の二本柱で運営されている。常勤スタッフは大井を含めて10人、非常勤の医師も複数名在籍している。海外からの患者も積極的に受け入れており、通訳を用意して対応できる体制を整えているのが特徴だ。 規模の拡大を追求するのではなく、みなとみらいという地域に根ざしながら、患者一人ひとりに誠実に対応することを重視しているという大井。産婦人科時代から心がけてきた患者との対話を大切にする外来診療のスタイルが、この空間に反映されている。 「麻の葉」という名称には深い意味が込められている。みなとみらいという場所は海外からの訪問者も多い。日本人だけでなく、海外の人々にも日本の伝統的な組子模様を見てもらいたい。また、日本人としての誇りを持ってスタッフ一同が紳士的に診療に当たりたい。麻の葉組子模様をモチーフにデザインしたことには、そうした背景がある。

これからも診察室というアトリエで
1988年、札幌のモエレ沼を訪れた人物がいた。二十世紀を代表する彫刻家、イサム・ノグチである。しかしそこは不燃ゴミの埋め立て地だった。ゴミの舞い散る大地に立ったノグチは、こう言った。「人間が傷つけた土地をアートで再生する。それが僕の仕事です。」彼は公園全体を一つの彫刻作品として設計するマスタープランを形作った。9カ月後にこの世を去ったが、その後17年をかけて、傷ついた大地は芸術として再生された。 大井隆照もまた、医療の中で光を探している。血管の奥に、細胞の中に、心の底に。それは生命の再生ではなく「生きるという意志の再生」を探し出すことに他ならない。ノグチがアトリエで、光と素材の対話を重ねたように、大井は診療室で、患者と心の対話を重ねる。どちらも、見えないものを見える形にするのだ。 これから目指すのは、人々の健康習慣をマネジメントすることだと大井は言う。様々な健康情報が溢れるなか、それが本当に自分に合っているのか、人々は判断することができない。そこを医療者としてマネジメントし、一人ひとりに合った健康習慣を提案することで、健康寿命を延ばす可能性を高めることができるのだ、と。日本人の場合、平均寿命と健康寿命の間には約10年のギャップがあると言われている。このギャップをできるだけ短くする。今までの医療経験や再生医療、さらには様々な製品やデバイスなどを医学的な根拠をもとに適切に判断し、一人ひとりにパーソナライズされた健康マネジメントを提供したい…それが彼の描く未来図だ。 再生医療は未だ承認されていない領域が多く、社会的抵抗に直面している。幹細胞治療やiPS細胞技術などの先端治療法についても多様な見解が存在するが、科学的厳密性とエビデンスに基づいた臨床実践により、これらが医療の標準として社会的コンセンサスを得る日が到来すると確信している。 AIの普及や働き方の変化、海外からの人々の増加など、大きな変化が速いスピードで起きているこの時代、医療者としてどのように対応していくべきか、大井自身も日々試行錯誤している。しかし彼は言う。「変化の時代というのは、大変である一方で、様々なチャンスや楽しみがある時代でもあると思います。前向きな気持ちで、若い時にしか出せないアイデアや行動力を発揮しながら、楽しく生き抜いていくことが大切です。」 細胞から人間を蘇らせる。それは単なる医療技術ではない。人々の未来を、希望を、可能性を蘇らせることなのだ。その最前線に、彼は立ち続けている。
