「数字」を武器に、逃げ場のない経営の荒波へ
神奈川県横須賀市。三方を海に囲まれた三浦半島の要衝に、40年にわたり地域の静脈産業を支え続けてきた企業がある。株式会社リフレックス。建設廃棄物から医療系廃棄物、さらには各家庭の粗大ゴミまでを幅広く扱う、地域密着型の廃棄物処理企業だ。 代表取締役の本田氏は、創業家の出身ではない。彼のキャリアの原点は、意外にも「経理」の世界にあった。 「実家が商売を営んでおり、母が夜遅くまで帳簿をつけるために簿記の勉強をしている姿が強く印象に残っていました。その影響もあってか、小学生の頃から数字が好きで、高校生になる頃には自然と税理士を志すようになっていたんです」 大学受験の失敗という挫折を経験しながらも、「早く力をつけたい」という一心で専門学校へ進学。人生で最も勉強したという半年間を経て、日商簿記1級を取得した。その後、会計事務所での実務を経てリフレックスのグループへ入社。財務・税務のプロとしての道を歩んでいた彼に、2015年、運命の打診が下る。 「当時の会社は、多額の債務超過という非常に厳しい経営状態にありました。創業家ではない私に経営が託された。その責任の重さは想像を絶するものでした」 しかし、本田氏に迷いはなかった。「逃げられない」ではなく「逃げない」と覚悟を決めた。財務のプロとして数字から目を逸らさず、収支構造を徹底的に見直した。同時に、社員一人ひとりと向き合い、危機感を共有した。「会社は“人”で立て直すもの」。その信念のもと進められた再建計画は、予想を上回るスピードで進み、同社は見事なV字回復を果たしたのである。

廃棄物処理業を「誇れる仕事」へ

本田氏が社長就任以来、情熱を注いでいるのが「業界のイメージ改革」だ。廃棄物処理業は都市機能を維持するために不可欠な社会インフラでありながら、その実態は社会から見えにくく、決して華やかな業界とは言えない側面があった。 「かつて地域の方に『リフレックスを知っていますか?』と聞いて回ったことがあります。返ってきたのは『何屋?』という言葉。これほど知られていないのかと、強い衝撃を受けました。地域に根ざし、社会に貢献している自負があるからこそ、その意義を正しく伝え、社員が胸を張って働ける環境を作りたかったんです」 本田氏が取った行動は、業界の慣習にとらわれないものだった。自ら「うさぎ」をモチーフにした親しみやすい会社キャラクターを考案。さらには、そのキャラクターを大きくあしらったラッピングバスを横須賀市内に走らせた 。 驚くべきは、現在も運用されている公式Instagramの内容を、本田氏自らが作成している点だ。 「社長室は今や物置になっています(笑)。私は社員と同じフロアにデスクを並べ、日々現場の空気を感じながら、自分の言葉で発信を続けています。経営とは、そして会社の価値とは、自ら伝えていくものだと考えているからです」 この取り組みは確実に実を結び始めている。ラッピングバスを見た市民からは好意的な反応が寄せられ、社員の間にも「自分たちの会社が地域に認められている」という実感が芽生えつつある。
遊びも仕事も「全力」。社員と築く家族のような絆
本田氏の経営哲学の根底にあるのは、社員を家族のように大切にする想いだ。 同社では、95名の社員が顔を合わせる機会を極めて重視している。 「廃棄物処理という、決して楽ではない仕事に従事しているからこそ、会社にいる時間は楽しく、充実したものであってほしい」 その想いは、毎年の恒例行事に色濃く反映されている。札幌、名古屋、大阪、金沢、広島、福岡……。毎年場所を変え、社員全員で赴く社員旅行。さらには、工場単位ではなく全社合同で開催されるバーベキューや忘年会。本田氏はこれらの場に必ず参加し、社員一人ひとりと酒を酌み交わす 。 また、本田氏は毎年「スローガン」を掲げている。今年はあえて「安全第一、健康第一」という、極めてシンプルな言葉を選んだ。 「当たり前の言葉ですが、本当にその意味を考えて行動できているか。口先だけでなく、自分や仲間の健康を本気で守ることが、廃棄物処理を止めないという私たちの社会的使命を果たすことに直結するんです」 「成すべきことは、すばやく、しつこく、必ず達成する」。会社の行動指針でもあるこの座右の銘を、本田氏自らが率先垂範する姿に、社員たちも厚い信頼を寄せている。社長就任時の危機を乗り越えられたのは、この「社員との絆」があったからこそだ。

「止めない経営」の先に見据える、次世代へのバトン
創業から40年。リフレックスが積み上げてきた信頼は、今や横須賀に欠かせないものとなっている。しかし、本田氏は現状に甘んじることはない。 「まずは安定操業を徹底し、いかなる時も廃棄物処理を止めない体制を維持すること。その上で、新たな処理施設の開設や、将来的に問題となる複雑な廃棄物への対応にも挑戦し続けていきます。社会の変化に応じて進化し続ける企業でありたい」 最後に、本田氏は次世代を担う若者たちへ、自身の波乱に満ちた歩みを振り返りながら熱いメッセージを贈った。 「20代、30代の若いうちは、とにかく『やりたいこと』に全力で挑戦してほしい。失敗してもいいんです。この時期の失敗なら、いくらでも取り返しがつきますから。私自身、税理士の夢を諦め、経営危機という荒波に揉まれてきましたが、あの時挑戦し続けたからこそ今の自分がある。一歩踏み出した先には、必ず新しい景色が待っています」 数字のプロとして会社を救い、一人の経営者として業界の未来を照らす。本田雅昭というリーダーが率いるリフレックスは、今日も横須賀の街と共に、力強く歩みを進めている。
