小田原の海を走る「信頼」の重み
鮮魚を運ぶということは、単に荷物をA地点からB地点へ移動させることではない。それは、漁師が命懸けで獲った「命」の鮮度を預かり消費者の食卓へ繋ぐという極めて責任の重い仕事である。小田原の海を舞台に昭和25年の創業から70年以上にわたりその役割を担ってきたのが萬年運送株式会社だ。 「物流の本質とは何か。それは『信用』そのものなんです」 小田原漁港で水揚げされたばかりの鮮魚を、豊洲をはじめとする各地の市場へ届ける。その過程には単なるスピードだけでは語れない長年培われたリレーションと知識が必要とされる。小澤氏が掲げる経営哲学は変化の激しい現代においても「変えない本質」を守り抜くことにある。お客様、そして地元の荷主である「荷主様」との対等なパートナーシップ。この信頼関係こそが同社の走る道の根幹となっている。

「畳むつもりだった」経営者の転換点

小澤氏が萬年運送の舵取りを担うことになったのは必然的な継承であった。しかし、そのスタートは決して順風満帆なものではなかったという。 元々、金融業界でキャリアを積んでいた。企業の決算書を読み解き損益計算書や貸借対照表から経営の真実を見極めるプロフェッショナルだった。 そんな彼が父の会社に戻り、最初に目にしたのは数字の上では極めて厳しい現実だった。 「最初は、どうやってこの会社を畳もうか、そればかり考えていました。 数字を見れば、継続する意味が見出せなかったからです」 しかし、実際に現場に立ち父が築き上げてきた地元・小田原との深い絆、そして「萬年さんなら」と頼りにしてくれる荷主たちの顔を見るうちに、その心境に変化が生まれた。 金融の視点で「潰すべき」と判断した会社には数字には表れない膨大な「信用」という資産が眠っていたのだ。小澤氏は自身の金融知識を武器に徹底した経営改善に着手。他社の下請けではなく、荷主と直接契約を結ぶスタイルを貫くことで物流業界の構造的な課題を打破し黒字経営への転換を実現させた。
武道の精神が宿る「現場主義」の経営
小澤氏のもう一つの顔は武道家である。学生時代に武道を嗜み、50歳を過ぎてからも総合格闘技や柔術のジムに通い続ける彼はアスリートとしての顔を併せ持つ。この「武道」の経験が彼の経営スタイルに大きな影響を与えている。 「武道は個人競技。自分のケツは自分で拭く。その精神は経営も同じです。人を動かすには、まず自分が動けなければならない」 小澤氏は現在も自ら大型トラックのハンドルを握り、現場に立ち続けている。物流業界では「2024年問題」に象徴される労働時間の制限や深刻な人手不足が叫ばれているが、同社では従業員に対して8時間労働の徹底と週休2日の確保を実現している。 鮮魚輸送は海の状況によって荷動が激しく変動する。ある日は10トン、ある日は60トン。その不規則な波を乗りこなすには現場を熟知したリーダーの判断が欠かせない。小澤氏は従業員の負担を考慮しつつ、自ら不足分をカバーする「動ける社長」として現場の士気を高めている。武道で培った「怪我をしない、させない」というリスク管理の徹底も 安心・安全な輸送を支える重要な要素となっている。

変化する時代と、変わらない漁港の絆
現代の物流を取り巻く環境は過酷だ。燃料費の高騰、車両価格の上昇、そして進む過疎化。小澤氏が拠点を置く小田原から伊豆半島にかけても、人手不足や後継者難により廃業する運送業者が後を絶たない。 「時代は変わります。でも地元の海で獲れた魚を新鮮なまま届けたいという願いは変わりません」 白居易の詩が普遍的な真理を突くように、小澤氏の経営もまた、シンプルで本質的だ。それは「地域の皆様と共に歩む」という強い意志である。同社は、小田原漁港を中心とした地元の発展に貢献することを社是とし、小規模ながらも「超優良企業」として存続し続けることを目指している。 トラックのキャビンから見える相模湾の景色は時代と共に移り変わる。しかし、萬年運送が運ぶのは単なる鮮魚ではなく「小田原という土地の誇り」と「人と人との信頼の絆」である。 小澤弘一はこれからも「変えるべき経営手法」と「変えてはならない信用」を両手に抱え、荒波の時代を力強く走り抜けていく。
