いつも“ワクワク”があるスーパー
駅やショッピングセンターで目をひく、商品がびっしりと並んだ棚。その光景を前にするとなんだかワクワクする、そんな感覚を覚えたことはないだろうか。 一歩入れば、すぐに目に飛び込んでくるのは、棚に高く積み上げられた商品群。そして棚を彩るPOPには、「成城石井直輸入」「店長のおすすめ」「成城石井オリジナル」と魅惑的なフレーズが並ぶ。店内には自慢の惣菜やスイーツがずらり。味に妥協しない職人やバイヤーが手掛ける品々が、毎日の暮らしをひとつ上のステージへ導いてくれる…そんなイメージを、成城石井は常に発信し続けているのだ。 しかし、「高級スーパーマーケット」と呼ばれてしまうことに、執行役員コミュニケーション本部長の五十嵐氏は苦笑混じりに首を振る。「うちは別に“高級”という旗印を掲げているつもりはないんです。“おいしいものを適正な価格で届ける”。そこにとことんこだわってきたら、結果的にそう見られがちになっただけですよ。」と、柔らかな笑顔で話す。その奥には、長い歴史の中で血肉となった「こだわりこそが生き残りの鍵」という確信が感じられる。 この会社の背後には、大変に人間くさく、情熱的な歩みが脈々と流れているのだ。大量生産や価格競争という安易なビジネスに背を向け、本当においしいもの、価値あるものを提供し続ける。まるで清らかな山奥の湧き水が、無駄を削ぎ落とし純粋な味わいを追求するように、成城石井もまた、丁寧に本質を見つめ続けていることに気づく。創業からもうすぐ100年を迎えようとしているこの企業は、果たしてどんな歴史を育み、そしてどんな未来を描いているのか。

100年続く追求心のDNA

成城石井は1927年(昭和2年)、創業者の石井氏による「石井食料品店」としてスタートした。場所は成城学園前駅のすぐそば。現在のイメージからは想像しにくいかもしれないが、当時は果物を中心に食料品を扱うまだこぢんまりとした個人商店だった。 それでも「成城」という土地柄は特別だった。近くには教育関係者や文化人、映画監督や俳優など、食に対して高い関心と要求水準を持つ人々が集まっていた。「あれが食べたい、こんな商品はないのか」と次々にリクエストされ、それに応えていくうちに、多彩な食料品を扱う“食のスペシャリスト”へと進化していった。 ところが1970年代半ば、駅前に競合となるスーパーマーケットが堂々と登場した。その圧倒的な品揃えと資本力の前に、石井食料品店は窮地へ追いやられてしまう。「このままじゃ潰される」そう悟ったとき、石井氏は思い切って勝負に出た。 真っ向から同じことをしていたら勝てない。ならば、自分たちならではの独自の方法で戦おう。 1976年に「スーパーマーケット化」へと舵を切ったが、それは単なる業態転換に留まらず、「安さ」ではなく「品質とおいしさ」を全面に打ち出す大胆な挑戦だった。当時としてはまだ珍しかった海外輸入の食材やこだわりの調味料を積極的に扱い、手に入りにくい商品を独自ルートで仕入れる。なければ自分たちで作る。その結果、食料品店から始まった小さな店は、独自の品揃えを追求するスーパーマーケットとして徐々に名を馳せていった。 五十嵐は語る。「うちって昔から、お客様の声にお応えして“なければ作る”っていう発想を、ずっと愚直に続けてきた会社なんですよ。そうやって積み重ねてきた“おいしさの追求”が成城石井の全体を形作っているんです。」その粘り強いこだわりはやがて実を結び、路面店だけでなく、駅ナカの限られたスペースでも高密度に魅力を詰め込む“駅ナカスーパー”としての先駆者となっていく。いつしか関東を中心に店舗を増やし、中部・近畿圏にも拡大。気づけば200店舗以上を展開する企業へと成長を遂げた。
商品力・売場力・接客力
いまや成城石井は、全国(正確には関東を中心に北は仙台、西は広島まで)に約200店舗超を構えるまでになった。駅ビルや商業施設、路面店、さらには独自コンセプトを打ち出した大型店など、立地や広さは多彩。 店舗におり異なるが、取り扱うアイテム総数は大きい店舗では約1万点にものぼる。そしてなにより特徴的なのは「オリジナルブランド」の存在だ。いわゆる「オトク」なイメージがつくプライベートブランドとは違い、品質と味を徹底追求した“唯一無二”の商品が数多く展開されている。さらに、自社のセントラルキッチンをかまえ、そこに一流ホテル出身のシェフやパティシエを多数擁しているのも強みだ。「いわば“自分たちで作って、売る”ためのベースがある会社なんです」と五十嵐は胸を張る。 こうした商品開発力の高さは、成城石井が誇る「3つの力」のひとつ、「商品力」そのものだ。残りのふたつは「売場力」と「接客力」。売場力とは、どの店舗に足を運んでも「成城石井らしい」と感じられる演出や陳列を保ち続ける力のこと。商品を高く積み上げる大胆さと、きちんとPOPで訴求したい商品をわかりやすくアピールする繊細さが同居し、見る者の好奇心をくすぐる。そして店頭には「今イチオシのもの」が掲示され、季節感やイベント要素もふんだんに盛り込まれる。接客力は、レジでの袋詰めひとつにしても、ただ品物を詰めるだけでなく「お客様が家に持ち帰ったときまで崩れないように配慮する」というきめ細かさだ。「スタッフ研修にも力を入れており128アイテムはまず最低限の“おすすめ商品”として知識を持つように教育しています。そうすることで『何を聞かれても、気持ちよくお答えできる』接客を実現しているんです。」と五十嵐は語る。そんな点からもわかるように、「食が好き」「アイデアを形にしたい」という人が多く集まる社風だという。実際、社内では新製品の開発会議が定期的に行われ、若い社員からも「こういう惣菜を作ってみたい」「こんなスイーツを商品化できないか」という声が飛び交う。大ヒットの裏には数えきれない失敗があるが、次の挑戦へつなぐ土壌がある。失敗を恐れて挑戦しないなんて、絶対的にもったいない…前向きなエネルギーに満ちた雰囲気が、成城石井の社内に流れているのを感じる。 商品力・売場力・接客力。この3つのちからを同じ基準で全国どこの店舗にも浸透させる。だからこそ、200店舗を超えても「どこへ行っても“あの成城石井”」という安心感があるのだ。

やって「大」成功を狙え
日本国内でのさらなる出店はもちろん、海外進出計画にも余念がない。ただし、アパレルのようにシンプルに海外へ拠点を置けばいいというわけではなく、国や地域ごとに宗教や法規制があり、“食”は文化そのものでもある。たとえば「合成着色料しか認められない国」もあれば、「日本で当たり前に使っている原材料が輸入禁止」という可能性もある。 「まだまだ研究段階なんですよ。簡単にはいかないですが、いずれは海外にも成城石井を根付かせたい。いつか“海外の日常”にもうちの惣菜やスイーツが登場する日を夢見ています。」と五十嵐は笑う。 また、国内でも出店していないエリアは多い。北海道や、東北や北陸の一部エリア、さらに広島以西の中国・九州地方など、まだまだ出店余地はある。成城石井にとって大切なのは、ただ店舗数を増やすだけではなく、「その土地においしさを届けながら、自分たちのこだわりをしっかりとキープしていけるか」という視点だ。今後は認知度をより高めるための広報・マーケティング戦略を強化し、それにあわせて出店を加速させる。創業100年の大きな節目を目前に、さらに新たな一歩を踏み出そうとしている。 最後に五十嵐はゆったりとした口調で、しかし熱く語ってくれた。「特に若い方が、失敗を恐れて挑戦しないなんて、そんなもったいないことはない。成城石井だって、今でもチャレンジして失敗するときだって往々にしてあるんです。でも、一回の失敗や挫折から学ぶことは計り知れないですよ。どうせ挑戦するなら、どこかで“大成功”を狙ってほしい。誰もが“あなたのおかげで世界がちょっと変わったよ”と言ってくれるような。そういう挑戦をしてほしいんです」 まさに、何度も転機に直面し、そのたびに新しいアイデアや手法で乗り越えてきた企業の言葉らしい。成功に甘んじることなく、“おいしいものを提供する”という一点を軸に、ぐんぐんと変化を遂げる成城石井。失敗を恐れずに挑戦し、大成功へと手を伸ばし続ける姿勢は、そのまま若者への熱いエールになっている。 1927年にひっそりと産声を上げた小さな食料品店が、いまや“こだわりのおいしさ”を発信し続けるスーパーマーケットに成長した。来年にはセントラルキッチン操業開始30周年、そして1976年のスーパーマーケット化から数えて50周年、さらに再来年には創業100周年を迎える。その長い年月にわたる軌跡を貫くキーワードは、やはり「こだわり」だ。調味料ひとつ、惣菜の食材ひとつ、ワインの産地ひとつにしても徹底的に品質を見極め、妥協を許さない。そのストイックさが現在の成城石井を支え、さらに未来の展望を切り開いている。 五十嵐は言う。「自分たちは運が良かった面もあると思います。でも、それ以上に、やられっぱなしで終わらない、必ず新しいチャレンジをする――それが何よりの強みなんじゃないかと。ここで働いている人間の多くは、食べることが好きで、さらに失敗も楽しめる人ばかりです。これからも、どんどん挑戦していきたいですね。」 いま私たちが店先で目にするワインや惣菜、スイーツの裏側には、そんな熱い情熱が渦巻いているのだ。何気なく手に取ったチョコレートやパスタソースすらも、「実はすごいドラマを背負ってここに並んでいるかもしれない」と想像するだけで、日々の食卓がちょっとだけ色鮮やかになる。成城石井という看板は、単なるスーパーマーケットの名にとどまらない。それは「食を愛する人間の、底知れないこだわり」の象徴でもある。そして、まだ見ぬ未来へ向けて準備中の数々のイノベーションが、私たちの暮らしにどんな新しい風を吹かせてくれるのか。ここから先の物語が、ますます楽しみになってくる。
