CHALLENGERS' VOICE
轍は進歩の証である
有限会社石塚商事運輸 代表取締役
石塚 貴光 Ishizuka Takamitsu

1972年生まれ。1991年、家業の石塚商事運輸に入社し、ドライバーとして現場を経験。2015年に二代目社長に就任後、取引先を1社から300社へ拡大。デジタル技術を活用し、業務効率化とドライバー支援を推進。厚木への拠点展開など物流の革新に挑戦しつつ、業界の未来を見据えた経営を実践している。

https://ishizuka-shouji.com/

城下町に漂う維新の匂い

小田原の風は、湿り気を帯びている。潮の香りと、どこか歴史の重みを孕んだ空気。かつての城下町は、物流の要衝となり、トラックが駆け巡る。その荷台には、人々の生活を支える荷物が積まれ、同時に、走る者たちの人生も乗せられている。 1973年、有限会社石塚商事運輸は生まれた。当時わずか1社との取引からスタートした運送会社は、今では300社以上の取引先を抱えるまでに成長している。その軌跡をたどると、一人の男の姿が浮かび上がる。石塚貴光。2015年に父の後を継ぎ、二代目社長として会社を引き継いだ男である。 小田原は風に抗う術を知っている。歴史に縛られながらも、新しいものをつねに取り込み、変わることを恐れない。彼もまた、運送業という伝統の中に生まれながら、それを単なる継承ではなく、進化の場と捉えた。

運転をする石塚社長

物流業界のDX革命児

トラック

彼の生き方は、まさに「現場主義」と「進化」の融合だ。父の背中を見て育ち、学生時代は成績よりも外で遊ぶことに夢中だった少年は、やがてトラックに乗るようになり、物流の世界に身を投じた。しかし、ただの運送屋で終わるつもりはなかった。時代は変わる。ドライバーの労働環境も、運送業の効率化も。彼はその変化を直感し、従来の運送業のやり方を抜本的に見直した。 スマートフォンを駆使し、GPSや航空写真を活用した最適ルート設計を導入。ドライバーが初めての納品先に行く際の不安をなくすため、社内でデジタルデータを共有する仕組みを作った。紙の地図に頼る時代は終わった。すべての情報をクラウド上で管理し、各車両の位置や状況をリアルタイムで把握できる体制を整えた。このシステムによって、お問い合わせから3分以内に可否を判断することが可能になった。迅速な対応力、それが彼の武器だ。 現場で不安を抱えるドライバーが、次の配送先で悩む必要はない。彼は、それを徹底的に排除しようとした。だが、デジタル化という言葉に惑わされてはいけない。石塚の本質は、デジタルではない。むしろ、彼は恐ろしいほど「人間的」なのだ。ドライバーの不安を消す。運送の精度を上げる。社員が仕事に誇りを持てるようにする。すべての試みは、根本的な「人間の感覚」に根ざしている。

請求書発行すら知らなかった男

現場の声を聞くことを忘れない石塚は、ドライバーが安心して働ける環境を作るため、社内の雰囲気をアットホームにし、問題があればすぐに話し合う文化を築いた。決して甘やかすわけではない。「仕事が回るように楽しくやろう。」これは彼が社員に伝え続けているメッセージだ。 この挑戦の精神は、彼の人生そのものでもある。社長になった当初、彼は経営のことを何も知らなかった。請求書の発行方法さえ、全くもってわからなかったという。しかし、彼はじっとしていなかった。自ら経営セミナーに飛び込み、学び、経営者としての視野を広げた。そして、ある日Facebookで偶然再会した旧友との出会いが、彼の人生をまた大きく変えることになった。その友人は施術家として活躍しており、彼は初めての施術で身体が軽くなるのを実感した。そこからまた新たな縁が生まれ、人脈が広がっていった。「動けば縁が広がってゆく」。それを身をもって体験し、経営にも応用していった。 石塚の成長の歩みは止まらない。彼は小田原だけでなく、厚木にも拠点を作る計画を進めている。「産業が集まる場所に物流の拠点を作る」。それが彼の次なる一手だ。無駄な労働時間を削減し、より効率的に業務を回すための布石である。

メンテナンスをする石塚社長

止まらない試行錯誤

オニツカタイガーを立ち上げた鬼塚喜八郎。彼もまた、現場を知る職人だった。日本人の足に合うシューズを作り続け、徹底した改良を重ねた鬼塚のその執念は「より良いものを作る」という紛うことなき純粋な情熱から来ているといっても過言ではない。戦後、日本のスポーツシューズ市場を切り開いた彼もまた、現場を知り、改良を重ね、選手のために最適なシューズを作ることに心血を注いだ人間だ。石塚も同じだ。ドライバーが安心して働ける環境を作り、より効率的な物流を実現するために、試行錯誤を繰り返している。 鬼塚が「日本人の足に合う靴」を追求し続けたように、石塚は「ドライバーが最高のパフォーマンスを発揮できる環境」を追求する。そのために、デジタル技術を導入し、働きやすさと効率を両立させる仕組みを作った。その姿勢は、運送業界の未来を切り拓くものだ。 石塚は語る。もし、何かを始めたいなら、迷わず動くべきだ。最初からすべてを知っている必要はない。経験し、学び、挑戦することで道は必ず開ける。 物流は、社会の血管だ。だが、血管は時に詰まり、循環が滞る。無駄が多すぎる。慣習が強すぎる。変化を拒む者が多すぎる。その中で、石塚のような存在は、血液を押し流すポンプのようなものだ。現状維持は破滅と同義だと知りながら、彼は新しい道を探し続ける。有限会社石塚商事運輸。そこには、ただの運送会社ではなく、未来を見据え、進化し続ける男の物語がある。

スーツ姿の石塚社長