CHALLENGERS' VOICE
自然の摂理で生きろ
マインドフルネス・アーキテクツ株式会社
代表取締役CEO
岩濱 サラ Iwahama Sara

1981年神奈川県生まれ。IT企業や不動産開発営業を経て2014年に起業。マインドフルネス・アーキテクツを設立し、マインドフルネスと共創を軸に、建築・空間デザインやワークスペース運営など多彩な場づくりを実践している。

https://mindfulness-architects.co.jp/

生命建築という試み

「生命建築」この言葉には、不思議な磁力がある。建築というのは本来、コンクリートや木材、金属といった「無機質」な素材によって形づくられる。しかしその内部に宿るべきは、人間をはじめとしたあらゆる生命だ。生命建築とは、そんな「いのち」を基盤に据え、自然と人間の調和を目指す試みである。 歴史を振り返れば、人々は古くから風土や地形を読み、木や土の息づかいを尊重しながら住まいを育んできた。日本で言えば神社仏閣や古民家などにその面影を見出せるかもしれない。ところが大量生産・大量消費の波が押し寄せ、無機的な建造物が次々に並び始めたとき、私たちはいつのまにか「人間が自然を支配する」という錯覚に陥ってしまったのではないか。 ではいま、再び「いのち」に光を当てる生命建築は、どのような未来図を提示してくれるのか。そこに切り込んでいるのが、マインドフルネス・アーキテクツ株式会社、代表取締役の岩濱サラという女性だ。  彼女は「場づくり」をデザインする建築家でありながら、「生き方」をナビゲートする案内人でもある。神奈川県鎌倉市に腰を据え、「ThinkSpace鎌倉」というコワーキングスペースを拠点に、マインドフルネスを核に据えた事業を展開している。リトリート施設やメディテーション空間の設計、あるいはコミュニティの創出を通じて、人々が内省し、自分自身の存在と自然とのつながりを取り戻していく。その在り方が、彼女の言う「生命建築」の大きな可能性を形づくっているのだ。

インタビューの様子

自然に生かされているという事実

内観

情熱的かつシャープ。そう形容するのが妥当かもしれない。理学部数学科と建築デザインの学びを経て、ITシステム開発や不動産開発の世界に身を投じたのち、2014年に自ら会社を立ち上げた。この経歴を並べるだけなら、行動力のあるビジネスパーソンという印象にとどまるかもしれないが、彼女にはそれをはるかに超える“何か”がある。それは「生きるとは何か」を問い続ける探究者の目だ。 会社員時代、ITや不動産という資本主義のど真ん中に関わりながらも、彼女の思考はいつも「自然との共生」や「お金至上主義ではない価値観」へと向かっていたという。どれだけ稼げるか、利益を上げられるか。それはビジネスの大切な要素ではあるが、どうもその一辺倒では息苦しい。大地や人間、そこに生きる動植物すべてが共鳴し合い、あらゆる命が調和を保つ世界を夢見る彼女にとって、「人間が自然を所有物のように扱いひたすら開発を進める」現状は見過ごせなかった。 その思いが、彼女を“生命建築”の道へ駆り立てる強烈な原動力になった。「人間は自然に生かされている」という、大学生時代に坐禅を通じて得た自然に対する畏怖の念が、いつしか自らの生き方を決定づける鍵になっていた。暗闇から薄明へ、そして光が満ちるまでの時間。夜から朝に移り変わる自然の気配を敏感に感じ取りながら、時計の針ではなく、空気と大地の鼓動に染まった時の流れを肌で知ったのだ。そこには「この世に存在する全ての生命は、常に移り変わり、相互に共存している」という事実が映し出されていたという。

マインドフルネスは「内省」の力

企業勤めを経て独立した後、彼女がまず取り組んだのは、自分の居場所づくりだ。それが「ThinkSpace鎌倉」である。都心からのアクセスがよく、また豊かな山や海の息吹が感じられる鎌倉という土地。さまざまなバックグラウンドを持つ人々が通い合い、誰もがいまここに意識を置いて働いたり語り合ったりできる空間を生み出した。普通のコワーキングスペースと何が違うのか、彼女はこう言う。「この場所にいると自然と呼吸が深くなるんです。心がほどけて、人との関わりやアイデアがスムーズに流れはじめる。」そう、ここには単なるワークスペース以上の「場の力」がある。マインドフルネスが根底に流れ、自然に対する感性を研ぎ澄ませながら、内省できる場づくりが意図的にデザインされているのだ。  やがて彼女の活動は、単なるオフィス設計やコミュニティづくりを超え始める。内省と創造性を高める空間設計を担うようになり、都心のメディテーションスタジオやマインドフルネスルーム、リトリート施設、葬儀場を監修し、各地に祈りや癒しの空間を届けている。さらには、これからのウェルビーイングな働き方を提案するイベント「鎌倉ワーケーションWEEK」も定期的に開催。地元の仲間と「鎌倉ウェルビーイングラボ」を立ち上げ、新たなビジネスやプロジェクトが生まれる土壌を育てている。多彩な事業を手掛けているように見えるが、その軸はブレない。「人間が自分自身、そして他者や自然とのつながりを取り戻すには、どんな場が必要か」を徹底的に考え抜いているのだ。 彼女が語る「マインドフルネス」は、決してスピリチュアルの文脈にとどまるものではない。むしろ外界の刺激に振り回されて疲弊しがちな現代人にこそ必要な「内省」の技術だと捉えている。朝の静かな時間に座って呼吸を感じるだけではない。食事をするとき、一口一口を味わいながら「いまここ」にいることもマインドフルネスだ。仕事の合間、ふと立ち止まって木漏れ日を眺めたり、地面に根をおろすように自分の体の声を聞いたり。そのような小さな実践が、やがては大きな創造性や周囲との調和につながっていく。だからこそ、彼女は空間自体に「呼吸できる余白」を組み込むという。 視線がふっと抜ける窓辺のレイアウト、木の香りを感じる建材、そして人々が自然と語り合えるコミュニティ設計。生き物が細胞レベルで心地よいと感じる場をつくり出す。それが彼女の言う「生命建築」の根幹だ。

マインドフルネス

自分の心と体に向き合って

ジョン・ミューアという自然保護活動の父とも呼ばれる思想家は「最も明確な道は、森の中を歩く道である」と述べている。人間社会が複雑な経済活動や政治対立に彩られるなかで、ミューアは大自然の中にこそ最も純粋で力強い真実があると説いた。森の息吹に身を委ねるとき、私たちは不要なノイズから解放され、自分が「自然の一部」であることを思い出せるのだ。彼の思想は今なお色褪せることなく、多くの人々をインスパイアし続けている。 岩濱サラもまた、このジョン・ミューアの感覚を体現するかの如く、「森」と「海」、そして「呼吸」に注目している。コンクリートジャングルの都会に生きながらも、どこかでひそかに自然を求めている人々の魂を呼び覚ます。そのために、建築家としていのちの循環を取り戻す作品をつくり続ける。無機質な箱の中にいては気づけない豊かさを、空間のデザインとコミュニティによって引き出そうと奮闘しているのだ。 若者へのメッセージを尋ねると、岩濱サラは静かに微笑んだ。情報もタスクも溢れかえる時代に生きる若者は、どうしても外側の評価や競争に押し流されがちだ。だが本当に必要なのは、自分の内側と自然に目を向ける時間だという。「自分にとっての幸せややりがいは何なのか、まずはそこを探究してみてほしいんです。心や体が心地よい方向へ進んだ先に、きっと新しい景色が広がります。」それはいのちの視点から見た人生と仕事のかたちだろう。利益だけを追い求めるのではなく、生命を大切にする建築、そして社会を育んでいく仕事がある。その証明を、彼女は日々の実践によって示し続けている。 生命建築とは大げさな物言いのようでいて、実は人間本来の感覚を取り戻す行為でもある。マインドフルな空間に身を置けば、誰もが素の自分に還りやすくなるはずだ。人と人が出会い、自然や街と響き合い、いのちを祝福し合うような場。そんなコミュニティが世界中に広がっていけば、個人の暮らしも、働き方も、社会そのものも、深いところで変化を遂げることだろう。今、その可能性を信じて突き進むのが、岩濱サラ率いるマインドフルネス・アーキテクツ株式会社なのだ。 まるで森の奥を迷いながらも、確かな道を探り当てる探検家のように。現代社会の喧騒を抜け、静かな呼吸を取り戻す道筋を、彼女は生命建築という形で私たちに差し出している。

外観