横浜から広がる技術革新
京浜工業地帯の一角にあり、内陸には静かな街並みが広がる新子安。東京湾に隣接する地域は、ただの未開の荒野ではなく、鋭い感性と挑戦のエネルギーが交錯する新たなビジネスフロンティアかもしれない。ここには、過去の歴史が静かに積み重なりながらも、未来への大いなる可能性を秘めた荒削りな原石が転がっている。 注目すべきは、その戦略的なロケーションだ。東京湾に面し、首都圏とのアクセスが容易でありながら、未だに開発の可能性を多く残すこの地はまるで、荒野に咲く一輪の花のよう。静謐な環境の中に潜む無限の可能性は、ビジネスにおける“新境地”を象徴している。 株式会社JVCケンウッド。かつて家庭のリビングに広がる音楽と映像の魔法は、今や移動空間にまでその恩恵を及ぼし、我々の生活を豊かに彩っている。また、長年培った無線技術が人々の安心・安全な生活に寄り添う。グローバルな市場で展開される製品群は、ただ単に機能を提供するだけでなく、人々に心地よい感動と、安心感をもたらしている。 本社ビルの大きなガラス窓から見下ろす横浜みなとみらいの街並みはにぎやかで、でもどこか非現実的なまでに整然としている。まるで、ここからはじまる未来を象徴しているようにも見える。

経営統合はあくまでも通過点

日本ビクターとケンウッドという伝統ある2社が経営統合したのは2008年。両社はそれぞれ映像・音響・無線の分野で長い歴史を持ち、激動の時代をくぐり抜けてきた。技術の融合によって未来を拓く…そんな旗印は美しくとも、実際には多くの摩擦や戸惑いがあったことは想像に難くない。日本ビクターが誇る映像・音響技術と、ケンウッドが磨き上げた無線や音響・車載技術。2社の技術が結晶し、新たな価値を世の中へ提示することこそが会社にとっての使命だった。 しかし、いざ経営統合が成った途端、リーマンショックの大波が襲いかかり、世界経済は混乱の渦に巻き込まれた。スマートフォンの浸透や韓国や台湾、中国メーカーの台頭により、日本の民生機器業界が厳しい局面を迎えた時期でもあった。まさに四面楚歌の状況で、ひとつの企業として生まれ変わったばかりのJVCケンウッドは試されることとなった。経営統合そのものがゴールではなく、そこからどのような製品やソリューションを生み出し、どうやって「感動と安心を世界の人々へ」お届けし、さまざまな社会課題解決へと繋げるのか。それは、社員一人ひとりの覚悟や苦悩、そして希望が折り重なった叙事詩ともいえよう。 まだ終わらない。その後も、グローバル市場における競争は激化。近年ではコロナ禍が世界経済を再びストップさせるという未曽有の混乱をもたらした。しかしJVCケンウッドはその状況をただ傍観していたわけではなかった。抜本的な損益構造の見直しによる収益性の向上や継続的な事業ポートフォリオの最適化により、強靭な経営基盤を構築。強みを生かせる分野に注力し、世の中がめまぐるしく変容する中で人々の「安心・安全」を守り、生活に「感動」をもたらす製品やソリューションを積極的に世に送り出したのである。基本戦略に「変革と成長」を掲げ、何としてもやり遂げる力強い実行力を培ってきたのだろう。 そんな苦難を乗り越え、2024年に事業ごとに首都圏に分散していた技術、研究開発、営業、商品企画などの各部門を新子安に集結し、価値創造の拠点「Value Creation Square(バリュー・クリエーション・スクエア)」を創設。新たに「Hybrid Center(ハイブリッドセンター)」と呼ばれる試験・評価設備を整備した新社屋を建設した。その建物に足を踏み入れるとわかるが、それは単なるオフィスやラボの集合体ではない。試作・研究・品質チェックなどを一気通貫で行えるハード面の充実はもちろん、そこには「これから何を生み出したいのか」という未来志向のワクワク感が満ちあふれている。長谷川が語った「いろんな部門が集まって、そこから化学反応みたいなイノベーションが起きることを促しています」という言葉どおり、打ち合わせテーブルの周りでは事業や部門の垣根を越えて、社員同士が、わずかな隙間時間でも情報交換をしている。自由でいて秩序のある絶妙な空気感が流れているのだ。
“会社”と“個人”が支え合う
聞くとビジネスの規模感に驚かされる。何といっても売り上げの牽引役となっているのが、セーフティ&セキュリティ分野の無線システム事業だ。警察・消防・救急などの公共安全を支える高い技術力と信頼性は、北米市場で急伸しており、そこから得られる利益は全社収益の心臓部とも言える。モビリティ&テレマティクスサービス分野では、カーナビやドライブレコーダーをカー用品店や自動車メーカーに供給。また、欧州や中国の自動車メーカー向けにスピーカー、アンプやアンテナ、ワイヤーハーネスなどを供給する海外OEMが好調だ。さらに、エンタテインメントソリューションズ分野では、ヘッドホンやプロジェクターをはじめ、かつて両社が培った音や映像を忠実に再現することへのこだわりを継承し、人々の心や生活を豊かにする製品を届けている。 「強みを生かしてシナジーを最大化する」──それがJVCケンウッドのDNAと言えるだろう。「映像・音響・無線」で「感動と安心を世界の人々へ」届けるという企業理念がJVCケンウッドにはいたるところに刻まれている。言葉にすればシンプルで力強いが、実現は決して簡単ではない。しかし、だからこそ挑みがいがあるのだ。 「Hybrid Center」の開発スペース。各種信頼性試験・評価施設が並ぶエリアでは、車が入る広さの電波暗室や無響室などの大型設備も整備し、より充実した研究・開発に取り組める環境が整っている。例えば、無線機がどんなに過酷な状況でも動作するように、つまり消防や警察など人命に関わる現場で通信が途絶えないように仕上げるために、徹底した品質検証が行われる。「私たちが作った無線機が、どこかの国の災害現場で実際に人の命を救うかもしれない。」エンジニアはそんな思いを馳せてスクリーンをチェックする。この企業が掲げる「安心」が、単なるスローガンではないことを痛感する。 働き方について尋ねると千堂は、「スーパーフレックスタイム制度などをうまく活用して柔軟な働き方をしている人が多いです」と答える。実際、彼女は1年半ほど育児休業を取得している。一方の長谷川は、過去2年にわたって2回の育児休業を取得。「正直、不安がなかったわけではありません。でも、在宅勤務とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッドワークや、子どもの体調不良時には中抜けルールなどを活用し、出産前とほぼ変わらない働き方ができています。本当に助かっていますし、会社に対する愛着が深まりましたね。」と語った。そこには家庭を理由にキャリアを諦めないというカルチャーがすでに、当たり前に根付いていた。

価値を創っていく
1882年、ドイツでベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は誕生した。厳しいオーディションを勝ち抜いた一流奏者が集い、指揮者のもとで完璧なハーモニーを築き上げる。ドイツの歴史を刻んだ荘厳な音色と、斬新な解釈を恐れぬ大胆さ…相反する要素を同居させるその演奏は、まるで深い海の底から一筋の光が差し込むように、人の心をそっと照らす。不安の多い時代だからこそ、彼らが生み出す音楽に触れるたび、「大丈夫だ」と思える。静寂から始まる一音が、いつしか壮麗な調べへと成長する。 JVCケンウッドも同様に、映像・音響・無線といった一見別々の分野が、一つの企業理念のもとに有機的に交わり、統合されることで最高のパフォーマンスを生む。オーケストラが観客に感動を与えるように、同社は世界中のユーザーに「感動と安心」を届けようとしているのだ。その意味で、両者はとてもよく似ているのだ。 まもなく創業100周年を迎える日本ビクターと、80周年へ向かうケンウッドの歴史と伝統。これほど長く愛され支持されてきたのは、時代のニーズを捉えながら、革新を恐れず進化してきたからこそだろう。長谷川は言う。「若い人こそ、ぜひこの会社の未来を一緒につくってほしい。テクノロジーは結局、人が心の底から必要だと感じたものだからこそ爆発的に伸びます。自由な発想で、新しい価値が広がる環境がここにすべて揃っていると感じています。」令和のこの時代、もはや企業と個人の関係は、上下関係や拘束の文脈では語れない。マインドを解放し、新しいサービスや技術を生み出し、そこで生じるリスクや挑戦を楽しむ。それが会社と個人の“共生”のあり方だ。 音楽を愛し、映像技術に誇りを持ち、無線の最前線を担いながら、人々の暮らしを守り、彩りを添える…JVCケンウッドはそんな企業である。日本ビクターの「犬のマーク」ニッパーが蓄音機に耳を傾けたあの日から、およそ1世紀。ケンウッドが祖業の無線事業を始めて、まもなく80年。その長いドラマを経て、同社は日本ビクター創業の地・新子安から新たな交響曲を奏でようとしている。そこには「まだまだ先がある。もっと高い場所へ行けるはずだ」という、確かな自信と期待が見え隠れするのだ。 JVCケンウッドという楽団は、先輩から後輩へ脈々と受け継がれてきた歴史の旋律と、時代のニーズに即した革新的なリズムを重ね合わせ、また次なる100年へとハーモニーを響かせる。結局のところJVCケンウッドは「今」を象徴する場所であり、「未来」を創る場であるのかもしれない。
