いつでもウェルカムな町の診療所
綾瀬市、水曜日の夜。ひと気のない郊外の通りは、ほとんどの店がシャッターを降ろし、明かりは消えている。だが、その中でただひとつ、ガラスのドアの向こうだけが淡い光を放っている。きくち総合診療クリニック──他が閉まる時間にも、ここだけは扉を開け続ける。
総合診療医としての矜持
院長の菊池大和(やまと)は、白衣をすらりと身にまとう。ぱっと見はごく普通の医師だが、その佇まいには揺るがぬ意志が宿っている。彼はかつて大都会の病院を離れ、「ただ一つだけのクリニック」を作ろうと決めた。「ありふれた病院じゃなくて、ここにしかない場所にしたかったんだ」と、菊池は言う。その言葉からは、最先端医療と人間らしさを同時に追い求める、彼の背中の熱が伝わってくる。
綾瀬の「灯台」
診察室のドアを開ければ、そこには静かに動く超音波機器がある。通りの向こうには町医者らしからぬ、CTスキャンやMRIの入り口が見え隠れする。大きな病院でなければ手に入らないはずの機材が、小さなクリニックの廊下に並ぶ光景は、まるで夜の海に浮かぶ灯台のようだ。緊急外来での経験から、病も人の営みも09時〜17時で区切れるものではないと知っている。深夜の子どもの喘息発作も、日曜の祖母のめまいも、この灯りの下で受け止められる。
人と向き合うこと
菊池は、自分を動かす糧を宇宙の探求に見いだすことがある。ブラックホールを「撮る」ために十年を費やした科学者たちの粘り強さ。それは彼が医療に込める、静かなる執念の鏡映しのようでもある。彼の診察には、機械的な手順を超えた「気づかい」がある。深夜にかかってくる電話にそっと応じる声の抑揚、検査前の患者の手をそっと握る、そんな小さなしぐさの積み重ねが、このクリニックの温度を作り出している。 菊池総合診療クリニックは、この国の片隅で静かに挑戦を続ける存在だ。外が闇に沈むときも、ここだけは明かりを絶やさない。ルーチンと効率が支配する医療の中で、「人と向き合うこと」を貫くために彼はこの場所を灯し続ける。もしあなたが夜道でこの淡い光を見つけたら、少し立ち止まってみてほしい。そこには、強さと優しさを併せ持つ小さな革命が息づいている。