CHALLENGERS' VOICE
荒波を選んで進め
小田原紙器工業株式会社 代表
高橋 康徳 Takahashi Yasunori

都内で営業経験を積んだ後、小田原式工業株式会社の代表に就任。『まずやってみよう』の精神を胸に、紙器製造、印刷、ペットボトル天然水販売など多角的な事業を地域に根ざして展開し、伝統と革新を融合した企業経営で業界に新風を吹き込んでいる。

https://www.odawarashiki.co.jp

変化に呼応し続けてきた業界の雄

紙器。段ボールや紙箱といった、紙製の包装容器を指す。1909年、国産の板紙が産声をあげたときから、この業界はいつだって変化を求められてきた。 角のとれた木箱の代わりに、強くて軽い段ボールが席巻し、戦後の復興期にはコルゲータシステムの轟音が生産性を跳ね上げた。災害が起これば仕切りや物資の梱包として誰かを救い、環境の声が高まれば軽量化やリサイクルに挑む。EC市場が拡大し、どんな時代も商売は動く。そこに必要なのは、単なる箱じゃなく、衝撃を吸収しながらも期待を詰め込む空洞だ。この国の紙器業界は、どんな嵐にも耐えてきた。その理由は、誰かの暮らしに確かな現実を届けるためだ。ビジネスが続く限り、段ボールの山は消えない。むしろ、それが明日の希望を守る装置になる。 時代の荒波を突き進むかの如く、紙器業界は今日も絶え間なく変貌を遂げる。何の変哲も無い箱に刻み込まれてきた情熱の歴史と、未来へ向けた新たな挑戦。その両極端が交錯するこの業界において、神奈川でひときわ異彩を放つのが小田原式工業株式会社、そしてその舵を取るのが高橋康徳代表である。 昭和20年の創業以来、80年余りの長い歴史を背負いながら、日々の品質追求と革新の精神で、紙器や段ボール、軟包装印刷、そしてオリジナルラベルやペットボトル天然水といった多岐にわたる事業を展開してきた。これらのプロダクトは、品質への徹底したこだわりと、時代の最先端を行く技術革新の賜物、そして社員一人ひとりの熱意と誇りが形となって現れている​​と言っても過言ではない。そして今やその基盤は神奈川県小田原市を中心に、富士工場、開成工場、さらには東京支社と多角的に広がり、地元の風土と都会の洗練が奇妙なまでに融合している。

ペットボトル製品

トップ営業マンによる多角化戦略

インタビューの様子

かつての都内勤務時代。高橋が大手家電量販店の販売員として足並みを揃えながらも、自ら店長にまで上り詰め、日本一の新規契約を叩き出したという逸話は、彼自身の底知れぬ野心と行動力を物語っている。その頃から既に、彼の内面には「試してみる」という原動力が確固たる信念として根付いていた。 そんな彼の経営手腕は、ただの数字上の成功だけでは測りきれない。たとえば、コロナ禍という未曾有の危機に直面した際、製造業としての脆弱性を逆手に取り、従業員自らが立ち上がり、PCR検査センターの設置という一見突飛ともいえる施策を実行した。これは、企業がいかにして、時代の荒波に揉まれながらも自らの信念を曲げず、現場の知恵と団結力で困難を乗り越えるのかを象徴するエピソードといえよう。 高橋は単なる危機管理を超えて、その背後にある可能性を見抜く眼差しを持ち、事業の多角化を加速させた。当時から長く製造している箱だけにとどまらず、オリジナルのペットボトル天然水事業への参入、さらには農業法人の買収による米や大豆、さらにはドローンによる新たな農業手法の導入といった、常に「次」を見据えた戦略が次々と実現されている。

もっと軽く、もっと丈夫に。

都内での華やかなキャリアを背景に、あえて地方の地に根を下ろす決断をした高橋。都心まで新幹線で33分という距離感が、地方と都市を巧みに結びつけ、経済活動においても地元資源を最大限に生かすという戦略に繋がっているのだ。 現在、小田原紙器工業株式会社は地産地消の精神を超えて、地元で培われた良質な素材や人材を、国内外の市場へと届けるために奔走する。その姿は、まるで一匹の鷹が高い空を舞い、地上のすべてのエネルギーを吸い上げるかのように、力強く、そして美しい。 そしてデジタル印刷機の導入やISO認証、さらにはFSC®認証の取得といった数々の挑戦は、技術革新と環境への配慮が手を取り合う現代社会において、企業としての責任感と革新力を象徴する。そこには、過去からの教訓と未来への希望が見事に交差し、知る者に強烈な感動と信頼を与えるのだ​。 かつては大量生産・大量消費が当たり前だった紙器だが、今は環境が悲鳴を上げている。紙器製造業は新しい技術とアイデアで、もっと軽く、もっと丈夫にしていく。積み上げてきた歴史と研鋭な感性が結びつき、我々の未来を包む箱は、まだ幾らでも変わっていく。この一見地味なモノが、その裏で人と社会を繋ぎ止める存在になり得ると信じていい。そのかけがえのない存在を創り上げる技術と情熱こそが、小田原紙器工業株式会社の真骨頂だ。

製造の様子

折り目の奥に見える未来

戦国の荒波を駆け抜けた武将、真壁氏幹。その名は「鬼真壁」とも呼ばれ、恐るべき剣豪として歴史に刻まれている。常陸国の国人領主の子として生を受け、剣聖・塚原卜伝に学び、長さ2メートルもの「樫木棒」を自在に操るその姿は、戦場での革新的な戦法を生み出す原動力となった。彼は佐竹義重に仕え、数多の激戦に身を投じながら、独自に「霞流棒術」を創始するなど、常に時代の先端を行く挑戦者であった。 高橋も会社を率いながら、伝統そして新しい存在との融合を体現している。かつて都内の最前線で磨かれた経験を基に、困難な状況下でも新たな可能性を切り拓いている。単なる数字の羅列に留まらず、社員一人ひとりの情熱と絆を深め、企業文化そのものを革新的なものへと昇華させている。小田原紙器工業株式会社は、紙という一見儚げな素材を通じて、豊かな社会の礎を築く、まさに今の日本社会に欠かせない存在だ。 これからはグループとして、第六次産業に進出すると語る高橋。彼の生き様は、決して過ぎ去る一瞬の煌めきではない。小田原の希望の灯火として、次世代へと受け継がれていくのだ。

製造の様子