結果を“求めない”パーソナルジム
フィットネスの歴史は、人間が自らの身体を見つめ直し、可能性を追い求めてきた軌跡とも言える。古代ギリシャの時代、肉体の鍛錬は美学と神々への捧げもののような崇高な行為とみなされた。一方、近代以降は体力の向上や健康の維持が主要な目的となり、20世紀後半からは次々と生まれるダイエットやボディメイクのメソッドがもてはやされ、いわば「結果」や「外見的変化」だけがピックアップされるようになった。 だが、現代に生きる私たちは、もはや筋肉を増やすだとか脂肪を落とすだとか、そうした単純な目的だけでは満足できなくなりつつある。情報過多の社会が生むストレスの渦の中、精神の安定や心身の調和が望まれる時代だ。身体を磨き上げる以上に「どう生きるか」が問われる今、フィットネスは単なる美的追求や体重コントロールにとどまらず、人生全体の質を向上させる「ライフデザイン」へと進化する可能性を秘めている。 若松パーソナルジムの若松伸拓は、まさにこうした新時代のフィットネス観を体現する人物だ。彼は「人生を謳歌できる身体づくり」というコンセプトを掲げ、クライアントが自分に合った方法で無理なく健康を手に入れられるよう伴走している。ジムとはいえ、従来のように固定の施設に来てもらう形とは限らない。若松代表が行っているのは、出張パーソナルジムというユニークなサービスだ。クライアントの自宅や、会社近くのレンタルジムへ赴き、その人のライフスタイルをくみ取りながら丁寧に指導する。 どこかハードなイメージを抱かれがちなパーソナルジムだが、若松代表が強調するのは「ひとりひとりに合った運動と食事こそが健康のカギになる」というシンプルな真実だ。体力が落ちて仕事が辛い人、ジムへ通う時間を工面できない育児中の母親、筋肉を増やしたいのに食が細くて悩んでいる若者、あるいは運動嫌いでとにかく簡単に始められる何かが欲しいという初心者。その背景や目標は人それぞれだ。だからこそ、手法を一律に押しつけるのではなく、一人ひとりの性格や体調、生活習慣を見極めながら、本人が継続できるペースを探していく。

自分の人生を歩むとは何なのか

若松代表がこの道を歩み始めたのは、理学療法士として病院に勤めていた頃に抱いた一つの疑問がきっかけだという。リハビリの現場では、人々がケガを負ってから、あるいは病気になってから対応することが常だ。もちろん、その支援はとても大切だが、「できることなら、もっと早く健康をサポートできないか」と考えた。防げたかもしれない不調や体力の低下を、早い段階から回避できれば、より多くの人が明るい気持ちで毎日を過ごせるのではないか。そうした思いが、彼を予防とQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に目を向けさせた。 病院を離れ、パーソナルジムを起業するという選択は、決して安定とは言えなかった。だが彼は「会社員時代、これをずっと続けていいのかと自問自答していた」と振り返る。実際、真面目な性格が災いしてメンタルのバランスを崩しかけた時期もあった。ひたすら目の前の業務をこなすうちに、いつの間にか自分の人生を生きていないような感覚に陥ったのだ。それでも彼は自分を責めず、まずは朝に散歩を取り入れたり、手軽な運動や読書を始めてみたりと、小さな一歩を続けた。すると、まるで濃霧が晴れていくように頭がクリアになり、身体の血の巡りが良くなるのを感じたという。 その体験が、彼の情熱を大きく突き動かした。「自分を追いつめるようなストイックさじゃなくても、きちんと人は変われる。大切なのは、誰かに認められるために頑張ることではなく、自分が本当に心地いいやり方を見つけることにあります。」それを身をもって知った若松代表は、病気やケガをしてリハビリに至る前の段階で、人々を救いたいと決意したのだ。この決意は、やがて若松パーソナルジムとして結実する。
習慣こそ命
とりわけ特徴的なのは、“結果にコミット”のようなテレビ的フレーズには乗らない点だ。あくまでも長期的に人生を楽しむための体力づくりであって、厳しい食事制限や短期集中ばかりが全てではない。運動初心者には優しい強度設定で、細身の人が体重を増やしたい場合にはサプリのアドバイスも取り入れつつ、筋力アップを図る。逆に忙しいビジネスパーソンには、仕事帰りに寄りやすい場所を選んでトレーニングできるように配慮し、無理なく継続できる仕組みを整える。そうしているうちに、歩くだけで膝が痛かった人がスムーズに歩けるようになったり、体格に自信をなくしていた若者が5キロ体重を増やして新しい自分と出会ったりと、実にドラマチックな変化が生まれる。 若松代表が大切にしているのは「身体は心と直結している」という実感だ。自分の体を動かすことで、頭の中にこびりついた不安や悩みが少しずつほどける。運動を通して、外に出て新しい景色を見れば、心の動きも変わってくる。これを奇跡でも何でもなく、ごく自然な理(ことわり)だと若松代表は言う。人間はそもそも、動き回ってこそ活力を得る生き物だ。座り続けていると、血流が滞り、思考もネガティブに陥りやすくなる。それらを防ぎ、人生に前向きなエネルギーを呼び戻す手段が運動であり、適度な食事管理なのだと。 「自分を責める必要なんてないんですよ。」と彼はさらりと言う。「体重を増やしたい、あるいは減らしたい、とか目標はさまざま。でも、それが達成できないからといって、自己否定しなくていい。大事なのは、日々できる範囲のことをコツコツこなしていくこと。その先に、人生を謳歌できる身体がやってくるんじゃないでしょうか」。もはや、これはフィットネスだけの話ではない。生き方全般にわたる彼の哲学だろう。 もちろん、すべてが順風満帆というわけではない。出張パーソナルという形態は既存のジムとは異なるため、顧客とのマッチングをどう進めるか、場所や機材の手配はどうするかなど、実務的な課題は多い。だが、彼はそれを「経験とともに解決していくプロセス」と捉え、むしろ多様なニーズに応えられるメリットにしてしまっている。ひとつの場所に縛られないからこそ、子育て中の母親の家に行って赤ちゃんが寝ている間に軽いトレーニングを行うこともできる。これは、変形性膝関節症の方にとっても敷居が低いし、軽いサポートを続けることで症状が和らぐケースもある。

人生を楽しめる幸せを
ジャック・ラレーンという人物をご存じだろうか。20世紀中頃からアメリカのテレビ番組を通じ、家庭でできるエクササイズを啓蒙し続けた“フィットネスのゴッドファーザー”とも呼ばれる男だ。そんな彼の言葉の中に、「運動は人生のすべてを変える鍵だ。それはまさにポジティブな中毒である」というものがある。 ラレーンは、ジムに閉じこもり過激な筋トレをするわけではなく、誰もが自宅で手軽に始められる運動こそが大切だと信じていた。その考え方は、若松代表にも通じるところがある。運動することで感じるポジティブな変化は、中毒と呼べるほどの良い連鎖を生む。とくに初心者が怖れるのは「続かないんじゃないか」「挫折しそうだ」という思いだが、無理のないステップで運動を習慣化し、自分に合ったペースを掴みさえすれば、運動の快感は雪だるま式に大きくなる。身体が軽くなり、気分が晴れやかになり、もっと動きたい、もっと健康になりたいと思えるようになる。ジャック・ラレーンが言う「ポジティブな中毒」とは、まさにそういう力だ。 若松代表自身も、「運動そのものが人生のブースターになる」と確信している。単に理学療法的な視点で身体をメンテナンスするだけではなく、クライアントの心に火を灯す。それはパーソナルトレーナーという枠を超え、「人生をともに再設計するパートナー」としての役割にも近いかもしれない。 彼が見据えるフィットネス業界の今後は、より柔軟で多様なサービスが混在する世界だといえよう。筋肉を大きく育てたいのか、体重を増やして自己イメージを変えたいのか、あるいは膝の痛みを和らげて散歩を楽しみたいのか、目標は十人十色でいい。肝心なのは、その人自身が「こうなりたい」という気持ちを諦めないことだ。 言い換えれば、「人生を謳歌するための身体づくり」は、やり方さえ間違えなければ誰にだって手が届く。若松代表はそう信じて、自らも挑戦を続けている。「人生を謳歌できる身体づくり」は、どうやら単なるスローガンではないらしい。彼の願いは、ごくシンプルで、なおかつ本質的なものだったのだ。 いつの日か、日本中の人々が、無理なく笑顔で「動ける」幸せを味わえるように。その可能性を、若松代表はパーソナルトレーナーという肩書を超えて切り拓いていくのだ。
